インドカレー屋の店名を調べる

いつの間にかインドカレーが好物となっていた。
これは新卒で入った会社の近くに美味しいインドカレー屋があったためである。
そして連休があったりした時には、その会社を退職した後でも遠路はるばる訪れてしまう。

ここはその店、文京区江戸川橋駅にある「カルカ」。

土日もやっているランチは850円でカレー・サラダ・ドリンク、そして食べ放題のナン・ライスのどちらか、もしくはその両方を頼むことができる。

カレーが小さいのではない、ナンがデカすぎるのだ

平日昼間は会社員で満席になるお店も休日なら過ごしやすい。成人男性が確実にお腹がいっぱいになれる量、何度でも食べたくなるルーの美味しさで必ず満足できる。

今日も膨らんだお腹をさすりながら会計を行うと、店員さんがスタンプカードをくれた。そこには大きく店名である「カルカ」の文字が。

このカードを眺めながら、レジを打ってくれている店員さんになんとなく聞いてみた。

「このカルカってどういう意味なんですか?」
するとネパールが母国だと話していた男性の店員さんは「ああ、お寺っていう意味だよ」と流暢な日本語で返してくれた。
そして「ほら、この店も向こうのお寺に近い内装にしているんだ」という。

確かにお店を見渡してみると、壁面は煌びやかな内装を施していたり、隅には祭壇のような飾り付けがある。
これまで何度も訪れていた店だったが、カレーを味わうことばかりに集中していて、お店の内装にこだわっていることに気づかなかった。店名の意味と背景を知ると、お店に対する愛着がかなり強くなる気がした。これは発見だ。
もしかすると見逃していた店名の意味を知ることで、この国の中で異国の雰囲気をより感じることができるのかも。
一見ではわからないインドカレー屋の店名を聞いてみることで、作品に隠されていた小ネタを拾うように、その店のこだわりを感じてみよう。

知る人ぞ知る「有名」な店

まずは近所の上野近辺にあるインドカレー屋を片っ端から回ってみようと、マップ内での評判もいいこの店に訪れてみることにした。
浅草から東に位置する「ニュープラシッダ」は地方橋通りに出店している小さめの店舗だ。

長方形の店内入ってすぐにキッチンがあり、スパイスの香りが充満しナンを叩いて伸ばす音が響いている。

パラシッタなのかも知れない

昼時を外して来店したものの、後から続々と入店する人がいる。どうやら人気店らしい。
混雑してきたのでカレーはテイクアウトで注文し、先ほどのカルカの時と同じように、レジでの精算時「ニュープラシッダ」という店名の意味を聞いてみた。

「あー、フェイマスです」

返答が英単語なことを予想していなかったので一瞬膠着したが、「”famous(有名)”」を指していることに気付く。
プラシッダ=有名、に「”new(新しい)”」がついているということは、これから有名になることを目指しているのだろうか。
もしくは知れ渡るという意味合いで、新しいスタンダードになる味、ということなのか。
一見ひっそりと佇むその外観からは予想していなかった高い志。
異国の地で「有名」を看板に掲げたからには絶対に美味しくなくてはいけない、そういった強いプライドで店を作り上げていこうという想いがあるのではないかと勝手に推察してしまう。

ちなみにニュープラシッダ、カレーとライス(もしくはナン)がセットになったテイクアウトは500円という破格の値段だ。

味だけではなく価格にもこだわるその心意気、絶対に有名になってほしいとこちらも思えた。

ハリマを訪ねて三千里

上野駅から少し歩いた道角にある「ハリマ・ケバブ・ビリヤニ」。

カレーだけではなく本格的なインドの料理も提供しているレストランだ。

こちらもテイクアウトでカレーセットを注文した。やってきたのは小さめの紙袋にずっしりと収まったバターチキンカレーセット。
1050円と少々お高く感じるが、インドカレーの適正価格がわからない素人には、渡された紙袋のずっしりと重い感触に間違いなく1050円以上の価値を感じてしまう。

テイクアウトは若干金額が違うが雰囲気を感じてください

先ほどと同じく会計後に店員さんに、店名についている「ハリマ」の意味を聞いてみた。
ハリマ後に続く「ケバブ」「ビリヤニ」はどちらも料理名であることから、「ハリマ」もインドの代表的な料理名なのかと予想しつつ、返答を待つと思いもよらない結果に。

「?」(キョトンとしている)

日本語じゃ伝わらなかった。
これまで接客を受けた店員さんは皆流暢な日本語だったのですっかり忘れていたが、彼らにとってここは母国ではない土地。言語が通じないこともあるだろう。

「あー、クーポンありましたですか?」

ああ、まずい。店員さんが勘でこちらの要求を探っている。
もしかしたらこれまで会計後にクーポンのことを聞かれたのかもしれない。困り顔でこちらを見つめている。
自分の好奇心のせいで人が困っている状況に心が苦しくなった。慌ててスマートフォンを取り出し、DeepL(翻訳サイト)にアクセス。「ハリマってどういう意味ですか?」と打ち込んだ。
変換された「What does “Halima” mean?」という画面を見せると、それを店員さんが声に出して読み上げ「あ〜!」と声を上げた。

そしてニッコリと笑いながら、Harima is mother’s name」と言った。

それを聞いてすぐにピンときた。「お袋の味」だ。
恐らくこの店の誰かの母親が「ハリマさん」という名前で、この店は彼(もしくは彼女)にとっての「お袋(お母さん)の味」なのだろう。
もちろんそんな説明は店のどこにも書かれていない。店名の意味を聞いて初めてその情報を知れたからこそ、この後食べる味が遠い異国の家庭の味であることを認識できた。何だか秘密をこっそり知れた気分になる。そしてその後食べたカレーは何も知らずに食べるよりも、味に対しての理解度がグンと増す。

また店名にお母さんの名前を掲げるその心意気!これからこの店の前を通るたびに、何だか勝手に僕も誇らしい気持ちになってしまうのだった。

ちなみにこちらが持ち帰った「ニュープラシッタ」と「ハリマ・ケバブ・ビリヤニ」のカレーがこちら。

手前の「ハリマ・ケバブ・ビリヤニ」のカレーは値段に応じてなのか、かなり量も多い。
ライスの風味も結構独特というかクセがあり、本当に本場の味のような気がするのは、僕がこれを「ハリマ家の家庭の味」と認識してしまっているからだろうか。情報は味にも影響を及ぼすということを実感した体験だった。

思わぬダブルミーニング

インドカレー屋の看板はどこも海外の言葉で書かれている訳ではない。
入谷駅からほど近くにある「世話ネパール・インドレストラン(松が谷店)」。

店名に込められているメッセージは、聞くまでもなく目立つ看板の下の軒先に記されていた。

「お世話心いっぱいの店」
あまり耳馴染みのない、「お世話心」という単語から伝わる「真摯に尽くす」というまっすぐなメッセージと、そのまっすぐさから少し愛らしさを感じる。
妙に落ち着く少し薄暗い店内では、1000円でカレーランチを食べることができ、他の店舗ではみたことがないカレーのメニューや充実したサイドメニューも特徴的だ。
例えば、この世話スペシャルサラダ。

(現物の写真が撮れなかったので、メニュー画像ですみません)

カタカナが並ぶインドカレー屋のメニューでは珍しく漢字を使っていることから、強烈に目につく。
どうしてこれほどまでに「世話」にこだわるのか。言葉の意味は理解できるが、名付けの由来は気になるところ。
他店舗と同様に会計時にこっそりと「あの〜、SEWAってどういう意味なんですか?」と聞いてみた。
すると驚きの回答が返ってきた。

「あ〜丁寧に対応する、です」

どうやらこの「SEWA」という言葉、ネパール語と日本語で同一のイントネーション、同一の意味(気心を尽くす)らしいのだ。

「なんとなく日本語の意味が気に入ったから付けたのだろう」と浅はかな考えを持っていたが、ネパールと日本をつなぐ、まさに架け橋となるうってつけの言葉だった。

自分が知らないだけで、世の中には沢山の繋がりが隠されているのではないか、そう思うとちょっとだけワクワクして、また街を歩くことが楽しみになる。

インドカレー屋の店名は積極的に聞きに行こう!

インドカレー屋の店名にはどこも、看板に掲げるに相応しいメッセージが込められている。
これまで素通りしたり耳にしただけで意識していなかった店舗でも、きっと屋号というのには大切な意味がある。
そしてそれはインドカレー屋だけではなく、他の外国料理店にも当てはまるのだ。

なんとなく音の響きだけを聞き、記号として認識していた店名は、その意味を知ることでその国の歴史や文化、家庭まで知れるかも知れない。そしてその情報まで含めて、その店の味だ。

今回わかったこととして、店の由来を聞いても店員さんは大体笑顔で教えてくれるということがある。
さらに店名の中に込められた意味を知ってしまうと、たちまちファンになってしまう。
でもそうやって人と店、人と文化がつながっていくことで、自分の街が形成されていく気がした。


最後にこの2日間インドカレーを食べ続けることになったが、ちゃんと1.5キロほど太ったことを報告しておく。
どの店もランチは大体炭水化物が食べ放題という大雑把さ。カレーも抜群に美味しいし、ナンもライスも味わいたい時もくる。蓄えざるを得ないのだ。
でも店の人は大体スマートな人が多い。矛盾している気する。次食べにいく時は、その辺りも探ってみたい。

タイトルとURLをコピーしました