ハチ公の亜種を探す

若者の街、渋谷。すでに若者というカテゴリーから外れつつある自分からすると、足が遠のく場所である。
そんな渋谷に久々に訪れたら、その変貌っぷりに驚いた。
立ち並ぶ、綺麗で高いビルの数々。それらをつなぐ整理された歩道橋(スカイウォークとかいうらしい)、見たことのない食べ物を売っている店、そして沢山の人。
パルコが綺麗になっていることすら知らなかった僕は、まるでタイムスリップしてきたかのように終始キョロキョロしてしまう。

中でも驚いたのがこれだ。

音もなく静かに輝くハチ公が佇んでいる

渋谷フクラスにあるデジタルハチ公。
1回完全に通り過ぎてから、ハチ公が浮いている!と振り向いてしまった。

DMMが出展しているこのデジタルハチ公は、複数のファンにLEDを取り付け、回転時の光の軌道でハチ公を2D上で描いている。

動画でみると分かりやすい(少し音が出ます)

渋谷駅前のハチ公(本物)には沢山の人がいるため、待ち合わせには適してないと、このデジタルハチ公で待ち合わせをしてほしい(そしてついでにフクラスで買い物を)という策略があるらしい。
すごいぞ、これはハチ公のDX化だ。

渋谷といえば「駅前のハチ公」という発想も、もはや自分だけしか持っていない古い価値観なのかもしれない。
まだ見ぬハチ公の可能性を探しに、渋谷を歩いてみた。

超高層階にお住まいの木彫りハチ公

とは言っても、街中に潜む新種のハチ公をどう探したらいいのかわからない。
当てずっぽうで目についた、訪れたことのないビルに突撃しては、空振りなことが続く。
疲労がじわじわと蓄積してきた頃合いに、暖をとりに立ち寄ったスクランブルスクエアの14Fでやっと見覚えのあるシルエットと出会えた。

木彫りのハチ公だ。
さらに足元にハチ公(秋田犬)らしきぬいぐるみもめちゃくちゃいる。

ここは「ハチふる SHIBUYA meets AKITA」。ハチ公の犬種である秋田犬をモチーフにしたグッズを扱っている地方創生型ショップとのこと。
お店は可愛らしい秋田犬に埋め尽くされており、ハチ公探しに躍起になった気持ちを冷ましてくれる。

でっかいモニターで秋田犬の可愛い映像がずっと流れている最高の空間

ここで購入したグッズ売り上げの一部は秋田犬の保存・保護に活用されるらしい。
まさにハチ公好きにはもってこいの聖地だ。
店先にいる秋田杉で彫られた忠犬ハチ公は銅像のハチ公にはない、くりっとしたお目目が輝いている。店舗の雰囲気と秋田犬への願いを含め、非常に温かみにあふれるハチ公スポットだった。

ハチを探して

時刻は14時。木彫りハチ公発見から1時間半、探せど探せど、新種のハチ公は全く見当たらない。
困り果ててネットで「ハチ公 亜種」で検索しても、ハチ公の何だか怖い話しか出てこない。

推測だけでハチ公の新種を探そうとしているこの行為、もはや研究者の仕事に近い気がしてくる。素人がフィールドワークをして結果を残すことは、可能なのだろうか。
1月頭の寒空の下、自信を失い諦めムードが色濃くなってきた。
ファミマで買った明太マヨおにぎりを路上で貪り食べてそんな時、眼前に変なものが現れる。

ん?なんか顔の書いてあるバスが向かってくるぞ。

いや違う。

ハチ公バスだ!!!

なんとハチ公はバスにもなっているらしい。ついに像の形から脱し、動く体を手に入れていた。これはエンカウントの難易度が高すぎる。
明太マヨおにぎりを慌てて飲み込んで、何とか写真を撮った。

このバスは渋谷区が運営するコミュニティバス。
渋谷駅を起点に、恵比寿や笹塚、千駄木、富ヶ谷の4ルートを循環しているらしい。
ラッピングに描かれているハチ公がイメージにない野原を駆け回っている秋田犬のビジュアルなので、これがハチ公であると言われてもイマイチしっくりこない。
しかしハチ公バスと銘打たれている以上、ハチ公の亜種にあることに変わりはないだろう。
まさかあのハチ公が車にも進化しているとは。ハチ公の無限の可能性を目の当たりにした。

招かれるままに

ハチ公バスに遭遇した興奮で体力が回復し、再度ハチ公の亜種探しに邁進する。
若者が怖くて近寄りがたかったセンター街に勇気を出して突入すると、ドンキ前で新たなハチ公に遭遇した。

手招きハチだ。
かなりデフォルメされてしまっているが、畳まれている耳や体の傾き加減から駅前ハチ公をリスペクトしていることがわかる。
おそらく現存するハチ公にまつわるものの中で、最も肉球が確認しやすい個体だろう。

しかしこの手招きハチ、センター街の結構奥側にあるので集合場所として使えるかと言われるとやや疑問を感じる。
とはいえ集合場所以外にこの手招きハチを活用する目的が見出せない。
どうしてここにハチ公を作ろうと思ったのかは謎だが(そもそも誰が作っているのかもよく明記されていない)、可愛いのでもうそれでいい気がした。
ドンキ前のハチ公で熱心に写真を撮っている人などいないので、だいぶ好奇の目に晒されたがそれもまあいい。可愛いから許そう。

ハチ公探しも3時間が経過したくらいであることに気がついた。
亜種のハチ公は強い資本を持っている店先に出されることが多い

これは新種探しにおいて、非常に重要な視点となる。
その考えに則って大きな建物や有名な店舗に絞って捜索を開始したところ、早速タワーレコード前でもハチ公を発見したからだ。

見た目はほとんど駅前のハチ公と同じだが、妙に左に傾いている。
何とこちら、調べたらタワレコのロゴで使用されている斜体と同じ角度なのだそうだ。

タワレコカラーの由来

このハチ公はお店のブランドを体現することにも一役買う、看板犬の効果も発揮している。
確かに視界に入ると一発でハチ公とわかるし、それがそのままシンボルとなる。
こちらも場所はだいぶ分かりづらいところにあるので、集合時の目印にこそ適さないが、それでもハチ公があるだけで、その建物の品格というかオフィシャル感が増す気がする。
亜種のハチ公を探していくと、ハチ公の持つ魅力に気づくことができる。そしてその器の大きさに改めて驚いてしまう。

概念としてのハチ公

引き続き血眼になってハチ公を探していると、渋谷ヒカリエ周辺で気になる案内を見つけた。

わざわざ「ハチ」をカタカナで書いている以上は、ハチ公があるに違いない。
気分を上げてヒカリエの8Fに登ったが、しかしどこにもハチ公の姿はない。
8Fを何周も回って、さらに壁面に注目してよくよく見回すと、こういった注意書きを発見。

なんと、どうやらフロア丸ごと「ハチ」というクリエイティブスペースらしい。
確かにこのフロアを敷き詰めるように、どこか挑戦的な新規性あふれる店舗が出店している。

待ち合わせの名所として名を馳せたハチ公という存在が、人を繋ぐ概念として進化し、こういった場所を生み出しているのか。
これもまたハチ公の亜種と呼んでもいいだろう。ハチ公はもはや概念と化し、渋谷の人たちを繋ぐ架け橋となっているようだ。進化のベクトルがかっこいい。

ハチ公は人と共にある

DXハチ公、ハチ公バス、クリエイティブスペースハチ……。
渋谷の街で亜種と出会う中で、ハチ公は街が求める形に合わせてその姿を変貌させていることがわかってきた。
その姿かたちは渋谷の再開発に応じて変化していき、今後も人が求める姿に進化していくだろう。

しかし変わっていくハチ公ばかりを見ていると、変わらないハチ公も見ておきたくなる。
もちろん渋谷駅前のハチ公も不変だが、どうやら調べてみるともっと不変なものが上野にあるらしい。

というわけで国立科学博物館に訪れた。

実はハチ公は死後剥製になっており、ここ国立科学博物館の日本館にいるのだ。
その実際の姿がこちら。

これが本物のハチ(公)。いつも座っている姿しか見ていなかったので、4つの脚で凛々しく立っている様は大きく感じる。

なんでだろう。渋谷の亜種たちをみてきた後だからか、ものすごい落ち着く。
剥製を前にして気持ちを落ち着かせているのは人間性的にやや不安だが、デジタルでもバスでもないハチ公をこうやってみるとすごくしっくりきた。

そしてハチ公が「戻らぬ飼い主を待ち続けた」というエピソードの深み、情緒を改めて感じる。
寒い日も暑い日も、彼はこうやって凛々しく、時には愛くるしく主人を待ったのだろう。
本物のハチ公を目の当たりにすると、その姿がはっきりとイメージできて少し物悲しくなり、ぎゅっと抱きしめてやりたくなってくる。
渋谷でたくさんのハチ公を見てきたが、ハチ公伝説の感慨の深さに触れることができるのは、やはりこの生身のハチ公だけだった。

感動の再会を果たし、見つめ合う飼い主の距離感

渋谷の再開発と比例して、その形を変え続けるハチ公たち。
人と寄り添ってその生涯を閉じたハチ公の魂をそのままに、今でも渋谷の街で、進化した亜種たちが人を豊かにさせている。

ちなみにデジタル〜概念ハチ公まで達してしまっているので、次のハチ公は擬人化とかだろうか?と考えて調べたら全然すでに実現されていた。
しぶハチたん | ビッカメ娘 -ビックカメラ店舗擬人化プロジェクト-

もう凡人が思いつくハチ公の亜種は既に出尽くいるのかもしれない。
もはや渋谷で働いている事業者たちのハチ公椅子取りゲームだ。
誰が次なるハチ公の進化を行うのか、今後も渋谷の再開発に応じて生み出されるハチ公の進化を見続けていきたい。

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