IT(”それ”)が自分になるとき

 最近学んだこととして「行き過ぎたユーモアは人に恐怖を与える」ということがあります。
僕の家には以前書いたホワイトボードの他に、ハンモック、1/2スケールのガチャガチャマシーン、流しそうめん器、ガス火のたこ焼き器などがあり、全て友人が遊びにきた際などに楽しむために購入し続けた物たちですが、日常では基本的にガラクタの域を出ることはありません。だからこそたまの機会を得た際には全力のユーモアで友人たちをもてなすのが僕の楽しみなのです。

 先日も友人が来訪した際に全力でガラクタの本領を発揮しようとそれらを駆使して盛り上げに徹したところ、大体が鼻で笑われるに留まり、挙句「毎日この部屋で1人で過ごしていると思うと怖い」と言われました。
そしてそんなことを言っていた友人がトイレに行くとそこに普通の照明はなく、(うちのトイレはスイッチをつけるとミラーボールが回り出すようになっているので)異常な状況に慌てて友人が飛び出し「怖い怖い何これ!?」と僕に向かって言っています。僕はやっと友人がリアクションをとってくれたことが嬉しく、「いえーい、サプライズ〜!」といいながら両手を広げたところみるみる友人の顔が恐怖で歪み「殺人ピエロじゃん…」と呟いていました。
どうして友人と楽しいひと時を過ごしたかっただけなのに「殺人ピエロ」と呼ばれてしまうのでしょうか。

 今日も僕は友人から「狂ったヴィレヴァン」と評された家に帰ります。
東京の一人暮らしはとても冷たく寂しいので、最近はぬいぐるみをたくさん買うようになりました。
これってユーモアで片付けられますか?それとも殺人ピエロへの着実な道ですか?僕にはもうわかりません。

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