8/27_からかい上手の田中さん

 秋葉のヨドバシに行ったときに無限プチプチという玩具を見つけてつい手に取ってしまった。

大体1000円くらい

 玩具自体は比較的単純な代物で、プラスチックとシリコンゴムで梱包材のプチプチを再現しているものであり、大体5分で飽きがくる。実はこの玩具、平成時代にも同様のものが出ており、いま手元にあるこれは復刻版だ(どうやら素材面のバージョンアップが行われているらしい)。
 俺は中学生の頃も無限プチプチを持っていて、学校にキーホルダーとして着けていくことで周囲の人気を買っていた。今回は、その無限プチプチをめぐる話でもしようと思う。

 美術の授業の時だった。もはやクラスメイトからも飽きられてしまった無限プチプチ(旧型)を筆箱に括り付けていた俺は、午後の微睡みが教室に漂う中でも隠の者らしく、熱中して美術の作品に取り組んでいた。
 「ねえ、それ貸してよ」と俺に突然を声をかけてきたのは、通路を挟んで横の席に座っていた田中さん。彼女は学年では少々ヤンチャな部類で、見た目も派手で友達も派手。完全に俺みたいな奴とは違うコミュニティに属していた。しかし美人。それだけははっきり覚えている。えらいべっぴんだった(べっぴんだったなあ〜〜)。
 それはともかく。彼女が指差していたのは、俺の筆箱についていた無限プチプチのキーホルダーだった。俺は首を傾げながら持っていた筆を置き、彼女に玩具を手渡す。周囲は各々自由に駄弁りながら課題に取り組んでいたので、このやりとりに他の登場人物はいない。
彼女が差し出した手の上に無限プチプチが乗り、彼女はそれを机の下で押し始める。表情は影に隠れていたが顔は斜め上をぼーっと見ていて、本当に退屈しのぎに使われているのだろうと思われた。
 俺ですら忘れかけていた無限プチプチをなぜ今更彼女は触りたいと思ったのか不思議ではあったが、特に話すことも思いつかなかった俺は、彼女を視界から外して、引き続きさかなクンの頭についているフグを粘土細工で再現することに心血を注ぐ。
 しばらく時間が経って再び彼女が「ねえ、これ返すわ」と俺の顔の前にキーホルダーを差し出し、「どれか押してよ」と並んでいるプチプチを模したボタンを指さした。
驚きながらそれを受け取って、彼女の顔とプチプチを見比べて、かろうじて「何よ‥‥‥」とつぶやく。
今思い出しても、童貞感が強すぎる受け答えだが、中学生男子なんて皆こんなもんである。
一点おかしなところがあるとすれば、今でも俺はこんな感じということだけだが、この話においてはそれは関係ない。
 「いいから」と強く言ってくる彼女の圧と、バックボーンのヤンチャさに気圧された俺は、おずおずとプチプチのボタンを押す。すると教室中に「ブーーーンッ!」という車が走り去る時の音が響いた。
先生含め、美術室中の生徒がバッと、音の発生点である俺を見る。その手元には無限プチプチ。そして傍でニヤついている彼女。
 実は無限プチプチにはサプライズ機能が搭載されていて、50回プチプチするとキーホルダーに内蔵されているスピーカーから謎の効果音がランダムで鳴る仕様となっていた。
その中からF1レーシングカーの走行音が、たまたまこの時俺の手から教室全体に届いたのである。
 犯人が横にいる彼女なのは明らかだが、俺は慌ててしどろもどろに謝ってしまう、先生から軽く怒られ、クラスメイトが笑う。そんな一連の流れを経てまた教室が授業に戻った後に、俺は彼女に抗議の視線を送って、彼女がそれを笑った。そんな中学時代のワンシーン。それが俺と無限プチプチの間にある思い出だった。

 普通の人がこの思い出を文章で語るとき、それは淡くも歯痒いノスタルジイのかほりがするだろうが、20代も後半の俺が復刻版の無限プチプチを片手にこれを思い出した時、
「おいおい完全にからかい上手の高木さんじゃねえか!!と自室で叫んでいた。我ながらノスタルジイもクソもない。
 しかしどう考えても、からかい上手の高木さんの1エピソードとして完璧すぎている。俺は西方だったのか!?そしてあの(漫画の)高木さんって、あの(うちのクラスの)田中さんだったのか!?と思わざるを得ない。そして大切なこととして、漫画内で高木さんは西方のことが好きであり、将来高木さんは西方と結婚して、そっくりな子どもを産むのである。
 西方が俺で、高木さんが田中さんだとすると、これは事は急を要する。
だって、俺は今その田中さんと連絡すらとっていないのだ。アニメ化までされ世間に多くのファンがいる、『からかい上手の高木さん』ファンの皆さんにとって、その後の実現がきちんとできていなけば申しわけが立たない。この際どちらが原作かは置いておいて、実写として存在してしまった以上、そしてそれを自覚してしまった以上、俺は西方として生きて生きざるを得ない。

 困った。すっかり忘れていた。そうか、田中さんは俺のことが好きだったのか〜と不気味に笑いながら無限プチプチを押している現代の俺の手元で、「ブーーーー!」と不正解音に近い効果音が鳴り響いたが、必死に聞かないようにした。 
オチまで用意しているなんて、令和版無限プチプチは立派な玩具である。

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