4/6_消費者Xの転身

 うっすら体調が悪い。熱はないがとにかく寒い。寒いなあと思っていたら2日くらい窓が開いていた。悔しい、こんなアホな理由で風邪を引いたかもしれない。慌ててR-1とキレートレモンを飲んでいる。
これでちゃんと寝れれば確実に治る。これは先祖代々に伝わる由緒正しい治療法である。

 今日の19時頃、自室で仕事をしていたら突然携帯に電話がかかってきた。
液晶を見ると大学時代の同級生で、ここ数年会っていない奴からの着信。
 恐る恐る電話をとると、彼は開口一番「今保険の営業をやっててさぁ」と言い出す。普通の友人関係だったら「ああ、少しめんどくさい電話がかかってきたな」などと思う局面、俺はとても愉快な気持ちになっていた。というのもかねてより、「友人が久々に連絡をとってきたと思ったらマルチだった」「高校の同窓会で変なアドバイザーを紹介された」といったレポ記事を読んではニヤニヤするのが日課な上、今日1日鬱屈とした仕事をしており、退屈の極みにいた俺にとって、”明らかに怪しい電話”はもはや最高のエンタメだった。

 彼は有名な保険会社の営業に最近転職したようで、いい話があるからぜひ紹介したいと言う。
 大学を卒業してから全く連絡をとったことがない、そもそも2人で飯にも行ったことすらないような俺に、である。
 彼曰く、「こんないい話を知っている人に紹介しないのは失礼にあたる」とのこと。‥‥‥どうやら相当良い話らしい。俺が今どんな生活をしているのか、どういう状況なのか、そういったステータスを全て度外視にしてでも当てはまる”良い話”なのだから、これは相当に違いない。
 話をきくと、とにかく早いこと会って話がしたいと言っている。が、俺は小学生の頃、登校班が同じの子と下駄箱でばったり会ってしまい、一緒に帰る流れになったが走って逃げた経歴があり、また同じ行先のバスに乗る同級生がバス停で並んでいたら、遅刻してでも次のバスで行くタイプの人間である。
 営業どうこうではなく、大して仲良くない人と長時間2人で話すシチュレーションがしんどい。
彼がとかではなく、よほど親密な仲ではないと沈黙に耐えられない。あとめんどくさい。俺は営業されるのに向いていない人間なのだ。
 なので咄嗟に「誰かもう1人誘って3人ならいいよ」と言ってしまった。後から気づいたがこれは、女の子が好きでもない男に言い寄られた時に決まって言う断り文句である。そしてそれは、過去俺が言われてきたセリフなのだった。
 あぁ、図らずとも俺は今、あの時の彼女たちの気持ちを完全に把握してしまった。どうして自室で怪しい電話を受けながらもう1度失恋をしなればいけないのか。
 その後も予定が合わない、しばらく忙しい、そもそもこの話は魅力的じゃない、などと良い女ムーブを無意識に決め続ける俺。彼は折れに折れ、リモートで誰か呼んで3人で話そうということになった。
 こうまで言っても紹介したいのだからよほど良い話なのだろう。その気持ちだけは汲んであげたい。  
 俺もかつて営業だった。彼はきっと厳しい状況なのだろう。期末でもない期首の頭に、大学卒業ぶりの大して仲良くない同期の中でも圧倒的に性格の悪い俺に電話しなければならない程度には。
 まあしかし、多分リモートで話す前に俺は体調を崩してその予定を断ることになるし、彼の連絡先はブロックすることになると思うが。俺はそういう人間なのである。申し訳ない。

 そんなことを考えた罰なのか、順調に仕事が終わりかかっている。毎週山場を迎えているが、なんだ遭難でもしているのか俺は。ちきしょうこんな時にでも入れる良い保険があれば‥‥‥。無念。

タイトルとURLをコピーしました