課題ばかりを抱えたまま、春の嵐で窓に当たる雨音を聴きながら、ぼうっとチョコレートを食べる日曜日を過ごしている。
数時間後には寝床に入っていて、起きたら仕事をしなくてはいけない。繰り返して休日が来て、今度は桜でも観に行くのだろう。
迎えるべき人生の分岐点を静かに眺めながら季節の移ろいを楽しむだけの余裕があるのは、まだ自分が若いからだろう。心地よい雨音にすらそのうち腹が立つほど、忙しい日がそのうち来るのだろうか。戦々恐々としながら、またココアを淹れ始めた。
引っ越しをしたい。長らくこの壁の薄いアパートに暮らしてきたが、穏やかな時間をぶち壊す隣人の爆笑と下手な包丁さばきが奏でるまな板の音にうんざりしている。
引っ越したい。半年くらい言っているけど、そろそろ具体化させなければならない。引っ越しをするのは6月と決めた(安いから)。それ以外は何も決めていない。
どこに住もうか、それは自分がどう過ごしたいかに直結している。それが決まらない。
譲れないポイントはいくつかあって。①映画館に徒歩で行ける。②銭湯がある。③選書センスが好きな本屋がある。④書き物ができるお店がある。を街には求めている。確かに今の住処はそれを叶えている。あとは⑤バストイレが別、⑥独立洗面台、⑦鉄筋コンクリート(もしくはそれに準じる防音性)が住まいに求めるポイントだ。
そうやって理想ばかりが積み重なっていくと当然家賃は張るもので、現実を考えては面倒くさくなって翌日に回してしまう。
たらい回しにされ続けて結局、今のアパートの契約更新がきてしまうなんてことだけは、どうか避けて欲しい。
こんなに不精な人間なのにこだわりやプライドだけは一丁前にあるもんだから生きづらい。勝手に辛くなってどうすんだ。あー確定申告とかする世界の人間じゃなくてよかった。それだけは会社に感謝している。それ以外は最悪だけど。
やはり文章を書くお仕事がしたい。でも俺は俺のことしか書けない。興味がないのもあるが、書き方がわからないからだ。なのでそれらを避けて仕事になりそうなものを世間で探すとライター(レポ系)になる。それってどうやって仕事にしていくのかまるっきりわからない。アルバイトから始めればいいのか?学校に通うのか?
まあそれらも正攻法であり邪道でもある。人が生きていく中で正しい方法論は結果論でしかないし、それも正しいかどうかは本人の気の持ちようである。要するに始める他なり方はない。書き始めるしか書くことで暮らす方法はない。
誰かやどこかにこだわらず、自分だけを持って生きていきたい。それが本当の生活だと27歳3月21日の俺は思うのであった。
3/21_あらしのはるに
