寝ぼけるとつい冷蔵庫を漁る悪癖がある。
タチが悪いのはその記憶がないこと。
昨日も夜中に目が覚めたことは何となく覚えているのだが、今朝、明日のランチ用に用意しておいたピザが2枚ほどかけていて、夜中につまみ食いした事実が発覚した。
寝起きから胃がもたれている気がしたのだが、その理由が判明した瞬間である。
以前も魚肉ソーセージのゴミがキッチンに放置されていたり、朝ごはんのために作った味噌汁のかさが減っていたりと、夜中に目が覚めて冷蔵庫を漁った形跡があった。そのままキッチンで貪るが、寝ぼけているために証拠(主に洗い物)処理が雑なのも特徴だ。どうして朝から自分の行動を推理しなくてはならないのか。
禁酒も2週間を越えた。そろそろ体も馴染んできて、欲求も薄れるかと思ったがそんなことはないらしい。
今日は朝起きてすぐ「家系ラーメンを食べなければ死んでしまう」と強く思った。そう、過食気味なのだ。
しかも油と塩分しか欲していない地獄のオーダー。この場合、酒を少しでも飲んで他の欲求を誤魔化した方がいいのではないかとすら思う。
だが頑固が呼吸をしているような人物なので、結局酒は我慢して昼から家系ラーメン、そして大盛りご飯を平らげてしまった。
その際駅近くにある家系ラーメンに訪れた。ここが結構クセあり店舗だった。
入るや否や「お客様ご来店でーす!!」「い〜〜〜〜らっしゃいませ〜〜〜〜〜!(喉が裏返るほどの大声)」で歓迎をされる。
丁寧に注文を聞いてくれたり、ホスピタリティに富んでいるといえばその通りだが、麺を茹でるたびに「麺が入りま〜〜〜す」「か〜〜〜しこまりました〜〜〜!(水に波紋ができるくらいの声量)」と言われるので驚いてしまう。
客側に麺を茹で始めた報告をする意味って何なんだろうか。麺を茹でるのは楽しいよ、ということか?それとも盛り上がってきたぜ!的な意思表明なのか?その答えは店員にならないとわからないだろう。
ちなみに俺は以前中華料理屋で厨房を担当していたことあったが、麺を茹でるときに声を出したくなることは一切なかった。厨房って暑いから、余計なエネルギーなんて使いたくないはずなのだ。
つまり、あの店はとにかく異常ということになる。
ただ味はうまい。久々に食べる家系ラーメンは、もう化粧水くらい沁みる。胃ではない、心にだ。
店のテンションに乗せられて、ついスープまで飲み干してしまった。
カウンターにあったティッシュでテーブルを拭きながら、満腹の感傷に浸っていたら、恐ろしいことが起きる。
店員が俺の飲み干したラーメン椀をみて、「6番のお客様〜〜〜!スープまで飲み干していただきました〜〜!」と声を上げたのだ。そして続くように厨房の若い男衆が「完まく〜〜〜!ありがとうございま〜〜〜すっ!(音圧が服に伝わるくらいの声量)」と叫んだ。
俺が家系ラーメンをスープまで飲み干す、腎臓激ヤバ、油と塩分大好き人間であることが、店中はおろか、おそらく店先の通りにも伝わってしまったのだ。
さらに怖いことは続く。
最悪な展開に顔を俯いてただただ水を飲むことに徹していた俺の元に、声かけを始めた女性店員が近づいてきた。
「お客様、完まくありがとうございます」
ついに直接声をかけてきたのだ。店内へのアピールだけではなく、コミュニケーションを取ってきたのである。
何でだか、とんでもなく恥ずかしい気持ちになってしまった俺は「あー」とか「うー」とか、3歳児の言語野で乗り切ろうとしたのだがその女性店員は、「ちなみに……完まくってご存じですか?」と問いかけは続く。
そのまま通称完まくと呼んでいるスープまで飲み干す行為に対する感謝と、完まくをたくさんするとラーメン無料券がもらえる腎臓ぶっ壊しキャンペーンについて教えてくれた。
そのコミュニケーションに耐えられなくなった俺は、膨れた腹を大事に抱えて急いで店を後にする。
ここにもまた、俺の知らない世界といかれたシステムがあることを知ってしまった。
その後、ミスタードーナツとパン屋で食パンを1.5斤買って帰宅したとき、自分が今日一日小麦粉に関連する食べ物にしか興味を抱いていないことに気づいた。
そしてそれらは、寝起きにパッと食べられるものたちばかり。
夢遊病という言葉は知っているが、寝ぼけた時の食欲を埋めるために一日中行動しているのはどういう病なんだろう。
もうずっと寝て入られればいいのに。